9月12日の誕生石「ペリドット」


 

誕生石名 石言葉 英名 その他の誕生石
ペリドット 運命の絆 Peridot シトリン

 

9月12日生まれの有名人 今日は何の日?
1913年 豊田英二(元トヨタ自動車社長) 宇宙の日

 

9月12日の誕生石である「ペリドット」の和名はかんらん石であり、

宝石言葉は「運命の絆」となります。

 

宝石としても人気の高い、さわやかなグリーン色のペリドットは、

古代エジプトでは、この石の中に見られる黄金色を、国家の象徴の太陽神に見立て、

「太陽の石」として崇めていました。

金と一緒にしたものを護符にすると、夜の恐怖心を取り去って、悪霊から身を守るとされています。

 

パワーストーンとしての効果は、持ち主をネガティブなエネルギーから守り、

怒りや不安、恐れなどのマイナスの感情を取り除く効果があります。

常に前向きな気持ちで進むことをサポートしてくれて、

願望を達成することができるように導いてくれます。

 

また、心をポジティブなエネルギーで満たして、夫婦間の和合をもたらしてくれる石です。

夫婦でお揃いで身につけることによって、いつまでも仲の良い幸せな夫婦になれるといわれています。

 

ペリドットのヒーリング効果については、古くは痔の治療薬として用いられ、

そのほかにも肝臓の病気や、食欲不振に効果があるとされています。

 

この石の本来の色は無色透明ですが、鉄分やニッケル分を含有することによって、

黄緑色や緑色などを示します。

 

ペリドットの主要原産地は、アメリカ・中国・ミャンマー・

パキスタン・メキシコ・オーストラリアなどであり、

現在は絶産されていますが、セントジョーンズ島では3500年間以上も、

良質のペリドットが採掘され続けていました。

 

 

二十歳の誕生日プレゼント

私の誕生日は9月12日。

 

「あなたが二十歳の誕生日に、誕生日石のネックレスをプレゼントしてあげる。」

と、19歳の時に母親から言われ、

二十歳の誕生日が来る事を今か今かと待ちわびていた事を覚えています。

 

私の母親も、母親である祖母に、母の誕生日は4月だったので、

二十歳の誕生日に4月の誕生日石のダイヤモンドのネックレスをプレゼントしてもらったようです。

 

私が高校生の時に両親は離婚、

4人兄弟の長女だった私は、高校を卒業後すぐに働きはじめました。

 

給料の半分は家にいれていたのですが、

フルタイムで働いている母親と私のお金と、父からの養育費、などかき集めても

贅沢な暮らしなど、とてもできない質素な暮らしをしていました。

 

働く事の大変さを実感して少し経った頃、

母親から誕生石、宝石のネックレスを買ってもらえる、と伝えられた時には、

嬉しさ半面、そんな高そうなもの、買ってもらっていいのか、

とドキドキしました。

 

そしてあっという間に私に二十歳の誕生日が訪れ、

当日仕事をはやく終わらせてくれた母親と、

職場の上司が気をきかせて休みにしてくれた為、一日休みだった私と二人で、

地元の、昔からずっとある宝石屋さんに行きました。

 

いくつか、私の誕生日石のペリドットのネックレスはありましたが、

金額をみて、というより、一番安いものしか見ないようにして、

これがいい、と渡しました。

それは一万円と一番安いものでしたが、

こんな高いものをもらってもいいのか、と不安になりました。

 

社会に出て2年目の、実家暮らしの母子家庭の私には、

その一万円も当時とても高く感じたのです。

 

母親は、とてもうれしそうでした。

私は二十歳を迎えた事、ネックレスを買ってあげられる事、

幸せそうな、でも、「こんな安いものしか買えなくてごめんね。」と申し訳なさそう顔で、

母はそう言って、きれいな箱に入れられたペリドットのネックレスをプレゼントしてくれました。

本当にうれしかった。

 

それは緑色のキラキラ輝く、少しデザインが効いたシルバーの留め具に支えられて、

ゆらゆらと輝いていました。

 

いわゆるパワーストーンというものをつけ始めたのは、

18歳の時に当時付き合っていた彼が、

パワーストーンが好きで色々と教えてくれた事はきっかけでした。

 

石に、力がある事。

地球を感じているようで、神秘的な気持ちになります。

そんな地球が生み出した尊い石。

これを着けると、それはもう当然、沢山のパワーを頂けるのだろうと思います。

 

ペリドットのネックレスを身に着けてから変わった事ですが・・・モテました。

月に一度告白されて、年に8人に告白された、いわゆるモテ期を導いてくれました。

 

そして、「幸福」。

自分にとっての幸せ、夢、目標、など、選択肢がどんどん広がり、

自分の人生に向き合って考えられるようになしました。

 

それは、私にとって二十歳という節目だったからだという事もあると思いますが、

このペリドットの力だといっても過言ではないと思います。

 

そして、誕生日にプレゼントしてくれた、

きっとこれを買うために少しづつお金を貯めていてくれた、

私の事を思ってくれた、

母の愛もたくさん受けたからだと思います。

 

今、母は、くも膜下出血による後遺症で高次機能障害がある為、

きっとこの日の事はもう思い出せないかもしれません。

あの日の母の言葉はもう思い出せなくて、

ただやさしい、幸せそうな顔をした母の笑顔だけがぼんやりと残っているのですが、

大切な私の誕生日石の思い出です。

 

あれから6年が経ち、私は結婚し、可愛い娘が生まれました。

産んでから初めて知った、母親の気持ち。

子どもを思う気持ち。

今、あの日の事を思い出すだけで、本当に感謝しかありません。

 

私も、娘が二十歳になったら誕生日石のネックレスを買ってあげようと思います。

子どもは、親が思ってる以上に親の事を見ていて、

心配していて、親が幸せであるように願っているものでした。

今もそうです。

 

もしかしたら、私と同じように、こんな高いもの買ってもらっていいのか、

と心配させてしまうかもしれない。

そうならないように、主人が頑張って稼いでくれている分と、

私も頑張ってお金を稼いで、娘や親や、主人や、大切な家族が

幸せになれるように頑張ろうと思っています。

 

そんな私を支え、応援してくれるのは、いつもこのペりドットのネックレスです。

生まれてからも身に着けていたら、娘にチェーンをちぎられてしまったので、

今かわりのチェーンを探しているところです。

 

準備ができたら、ペリドットの浄化方法である水や音できちんと浄化して、

また大切な優しい思い出と母の思いを胸に、お守りとして身に着けます。

きっと、私のたくさんの夢をかなえるサポートをしてくれるはずです。

 

今回は私の体験、思い出をご紹介させて頂きました。

だんだんと淡くなっていってる、大切な思い出です。

皆さんにも、きっとこんな思い出がたくさんあるんだろうな、素敵だな、と思いながら、

久しぶりに調べてまた興味がわいたパワーストーン、誕生日石の事を調べようと思います。




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